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H20 特別支援学校における自閉症等のある生徒の教育について(中学部)
福井県立福井南養護学校 中学部(代表:小八木隆)
はじめに本校中学部では、近年、自閉症タイプ(※注:自閉症関係の診断のあるなしに拘わらず、自閉症の特性を備えていると学校で判断した生徒を含む。以下同じ)の生徒が増加しています。とりわけ、ここ3年間の増加が著しく、平成20年度は、中学部全生徒の約4分の3を占めるまでになりました。
これまでの特別支援教育では、対象となる障害種として、自閉症タイプに特定したものがなく、自閉症タイプの児童生徒に対する指導は、いわゆる「知的障害教育」の中で行われてきていました。しかし、近年の自閉症に関する研究の成果や、何より学校現場で日々自閉症の児童生徒に関わっている私たち自身が、知的障害の児童生徒と自閉症の児童生徒との特性の違いに「何か違う」という感じを抱いていました。ところが、実際の現状としては、自閉症の児童生徒に応じた教育課程の運用は全国的に見ても未だ十分とは言えず、その対応は各学校や各学級担任が独自に工夫しているというものでした。そこで、平成18年度頃から、自閉症タイプの生徒への対応について、中学部として検討を始め、平成20年度の学部研究の主テーマとして取り組むこととしました。
1 実践研究の目的
自閉症タイプ生徒の特性に応じた教育課程と一口に言っても非常に多くの内容があります。ある分野に限定した取組では、これまでの「知的障害教育における自閉症への取組」と変わるところがないと思われるので、あえて以下のような「教育課程」全体について研究することとしました。
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教育課程(学級編成、週時程などを含む)…
各教科ごとの授業時数や実際の指導グループなどに関する全体的な枠組みについて - 週時程 …自閉症タイプ生徒が学校生活を過ごしやすい週時程について
- 授業作り…自閉症タイプ生徒が主体的に取り組むことができる効果的な授業のあり方について
- 自立活動…自閉症タイプ生徒に有効であろうと思われる自立活動のあり方について
2 方法及び取組内容
研究の方法としては、大きく分けると次のような形で取り組みました。まず、外部の専門家による直接的な指導や助言を受けてそれを指導実践に活かすこと、そして、中学部の教員が県内外の研修や講習を受け、それを直接指導に活かしたり学部内で広めたりすることの2つのパターンです。取組内容については、次の一覧表を参照ください。この他、学級編成などの基本的な枠組みについては、前年度からの考え方を基に実践し、その妥当性を検証する形を取りました。
①講師:清水 聡氏(福井県立大学 准教授:自閉症教育)
- 第 1回 6月17日(火) 授業見学
- 第 2回 6月30日(月) 前回の授業見学に対する助言、第1回講義
- 第 3回 8月 5日(火) 質疑応答形式による指導、第2回講義
- 第 4回 9月10日(水) 授業見学及び助言
- 第 5回 9月29日(月) 学級別・個別相談、第3回講義
- 第 6回 10月22日(水) 授業見学及び助言
- 第 7回 10月27日(月) 学級別・個別相談、第4回講義
- 第 8回 11月10日(月) 学級別・個別相談
- 第 9回 11月17日(月) 学級別・個別相談、第5回講義
- 第10回 12月 8日(月) 学級別・個別相談、第6回講義
②講師:齋藤宇開氏(NPO法人一貫性と継続性ある支援づくりのネットワーク
「たすく株式会社」代表、元国立特別支援教育総合研究所主任研究員)-
1回のみ 11月12日(水) 授業参観と指導助言
講義「自閉症教育7つのキーポイントについて」
③講師:重松孝治氏(川崎医療福祉大学福祉学科講師)
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1回のみ 12月17日(水) 授業参観と指導助言
講義「行動の問題における、捉え方と対応の仕方について」
◆滋賀県自閉症協会たんぽぽ「自閉症理解のためのセミナー」(滋賀)
- 第 1回 6月14日(土) テーマ:「自閉症の人とのコミュニケーション」
- 第 2回 8月 7日(木) テーマ:「自閉症理解に基づく問題行動への対応」
- 第 3回 9月 7日(日) テーマ:「高機能自閉症・アスペルガー症候群の理解と受容」
◆自閉症セミナー「認知発達治療の理論と実践」(東京)
- 8月20~23日 内容:太田ステージによる評価など
◆いしかわTEACCHプログラム研究会「自閉症療育者のためのトレーニングセミナー」(石川)
- 8月22~24日 内容:TEACCHプログラムによる指導者養成
◆福井県発達障害者支援センタースクラムふくい主催「自閉症療育者のためのトレーニングセミナー」(敦賀)
- 11月22~23日 内容:TEACCHプログラムによる指導者養成(スタッフ参加1人)
3 成果
(1) 自閉症タイプ生徒の特性に応じた教育課程
昨年度から、自閉症タイプの生徒を想定した教育課程(いわゆる「雲課程」。以下同じ)を設置しました。「雲課程」は、それぞれの生徒の身辺処理の力や課題に取り組む力、コミュニケーションの力、他の生徒と関わる力など、総合的な面から自閉症タイプの教育課程が最もふさわしいと考えられる生徒によって編成しました。また逆に、自閉症のない生徒だけで編成する教育課程「空課程」も設置しました。その他の「花課程」と「海課程」には、自閉症タイプの生徒と自閉症のない生徒が混在しています。「海課程」では、ある程度生徒同士の関わり(他の生徒の様子を見て真似をする、協力する、競うなど)ができる生徒を想定しているので、そういう関係が生まれる環境設定として混在の意味があると考えます。また、「花課程」では、自閉症タイプであるかないかということ以上に、個々の生徒がそれぞれ自分の身辺自立を第一の課題としているため、あえて分ける必要がないと考えます。
平成20年度は、学級編成や授業グループ分け、授業の作り方などを、この考え方を基に実施しました。その結果、生徒が情緒的に非常に落ち着き、コミュニケーションの力が大きく伸びました。それにより、様々な活動に落ち着いて取り組むことができるようになり、それぞれの生徒が大きく成長したととらえています。また、教員にとっても、授業改善の取組をスムーズに進めることができました。以下に述べる成果は、全ての活動のベースとなる、この教育課程の考え方によってもたらされたものと考えています。
(2) 自閉症タイプ生徒の特性に応じた週時程
自閉症タイプの生徒の特性に応じた週時程は、図3に例示するように、以下のようなことを考慮すると効果的であることが分かりました。
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①毎日が同じパターン、曜日ごとに同じパターン
毎日の授業の流れを同じにすることや曜日による授業のパターンもできるだけ同じにすることが効果的である。 -
②同じ内容を繰り返す
時間ごとに内容を変えていく授業より、例えば、1か月間同じ内容を繰り返すような単元の構成が効果的である。 -
③「自立活動」の特設と帯状の時間割
「自立活動」の時間を、主な活動の前後に毎日帯状に取ることが、情緒の安定に効果的である。
(3) 自閉症タイプ生徒の特性に応じた授業
授業については、概要報告ではまとめきれないので、詳しくは各学級の日々の連絡帳や学部だよりなどでお伝えしています。授業作りの主な要点は、以下のとおりです。
① 自閉症タイプ生徒の興味や関心を引きやすい素材や環境の活用
教材などを「視覚化」することや環境などを「構造化」することは、広く知られるようになってきましたが、それをとことん追求することが効果的であると考えます。様々な試行錯誤の結果、保健体育の授業では例えば「サーキット形式の運動」が、また音楽では、「映像を用いた教示」などが効果的であることが分かりました。「サーキット形式の運動」とは、サーキット形式で基本的に同じ運動を毎時間続けることです。その中に、必要な体の動きや体育的技能、運動量などを盛り込み、時々一部の内容を替えながら一定期間(学期などの単位で)行うやり方のことです。本校中学部では、このやり方によって、ほとんどの生徒が自発的に運動ができるようになってきています。また、「映像を用いた教示」とは、前方に設 置したスクリーンに、歌の歌詞や楽器演奏の楽譜、身体表現のための師範演技などを映像として教示するものです。これによって、「何をすればよいのか」「どこに注目すればよいのか」「どこまでやれば終わるのか」「次は何をするのか」といった情報を各生徒が理解しやすくなり、そのことで、落ち着いて自発的に音楽の学習に取り組むことができるようになりました。
② 一人で取り組む課題学習(「自立課題」と「個別課題」)
国語や数学などの基礎的な学習や作業的な学習は、原則として、生徒一人ひとりの力に合わせて個別に行っています。その中でも、ある程度できるようになった課題は「自立課題」として、教師の指導を最小限にして生徒自身が一人で行うようにしています。また、まだ十分に身についていない課題は「個別課題」として、教師が個別に指導をするようにしています。各学級の状況に応じて、担任がこの2つの課題学習を組み合わせることで、これらの基本的な学習を毎日継続して行うことが効果的であることが分かりました。
まとめと今後の課題今年度1年間、多くの専門家の御指導をいただき、また私たち自身が専門的な研修を受けたり最新の研究に触れたりすることができました。そのことを通して、今までも十分に実践していたつもりであったことが、とても中途半端なやり方であったことに気がついたり、「目から鱗」のことが毎日のようにありました。全国的に見ても、一部の先進的な学校を除いては、具体的な実践は緒にも就いていないのが現在の自閉症教育と言われています。その中で、本校中学部の実践は、日本の自閉症教育の最先端の域に達してきたと自負できる程になりました。それは何より、極めて多感な「中学生」という時期の自閉症のある生徒たちが、毎日非常に落ち着いて学習活動に取り組んでいることに現れていると思います。平成20年度の研究を振り返ると、「自分が何をすればよいのかが分かる」「どうすればよいのか(方法)が分かる」「どこまですれば終わるのかが分かる」「この活動の次は何があるのかが分かる」といった、『見通し』を持つことや『理解』できることによって、自閉症タイプの生徒は自ら活動に取り組む力を持っている、ということが改めて理解できました。
いろいろなことが分かってくると、逆に課題も見えてきています。例えば、本校では自閉症タイプ生徒の状態像をより正確に把握するためのアセスメントの開発が遅れていることや、落ち着いて学習に取り組むことができるようになった各授業において、自閉症タイプの生徒にねらうべき次の目標についての検討が必要なことなど、今後はこれまで以上に実践研究を積み重ねる必要を痛感しています。
今後とも、保護者の皆様をはじめ、多くの方々から御意見や御教示をいただき、更に充実した教育活動ができるよう、中学部教職員一同、努力と研鑚を重ねていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。 -
教育課程(学級編成、週時程などを含む)…